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導入
2025年分の暗号資産取引から、米国内国歳入庁(IRS)が新書式1099-DAで売却額を把握できるようになった。ところが取得原価(コストベーシス)の欄は空欄のまま届く可能性がある。報告される数字と報告されない数字の差が、納税額を大きく左右する構造が生まれている。
背景と課題
元記事の著者Liam ‘Akiba’ Wright氏(CryptoSlate、2026年2月18日公開)は、架空の人物「Maya」を通じて問題を描写している。Mayaは2021年に少額のBitcoinを購入し、その後複数のアプリで少しずつ売却した一般的な利用者だ。確定申告の時期に届いた書類を開くと、売却額は記載されているのに取得原価が空欄だった。
1099-DAは、IRSがデジタル資産のブローカー報告用に新設した書式である。2025年の取引分について、ブローカーは総売却額(グロス・プロシーズ)の報告が義務づけられた。一方、取得原価の報告義務は次のフェーズ、具体的には2026年1月1日以降の売却分から本格適用される。
つまり2025年分では「いくらで売ったか」は当局に筒抜けだが、「いくらで買ったか」は納税者自身が証明しなければならない。この非対称な構造が、申告ミスや過大納税の温床になっている。
背景にあるのは、インフラ法(インフラストラクチャー投資雇用法)のブローカー報告条項だ。業界分析では、この条項が10年間で約280億ドル(1ドル=約150円換算で約4兆2,000億円相当)の税収増をもたらすと試算されている(業界分析の推計値)。
空欄のコストベーシスをどう埋めるかが、今年の申告シーズン最大のハードルとなっている。
技術の核心
1099-DAでは、ブローカーが売却資産の取得原価を把握できるかどうかを「カバード(対象)」と「ノンカバード(対象外)」で区分している。IRS発行の記入要領にこの枠組みが詳述されている。
取得原価が「カバード」として報告される条件は限定的だ。2025年以降に取得し、同一の管理口座内で保管・売却された資産が最もクリーンに対象となる。逆に、取引所Aで購入した暗号資産をウォレットに引き出し、取引所Bに入金して売却するパターンでは、取引所Bは売却額しか記録できない。取得時の情報が自社システムの外にあるからだ。
IRSはRev. Proc. 2024-28を通じて、2025年1月1日時点で未使用の取得原価をウォレット・口座単位で再配分するためのセーフハーバー(安全港規定)を設けた。これは、IRSが今後ウォレット・口座レベルでの原価追跡を標準としたい意向を示している。
さらにIRSはNotice 2024-57で、いくつかの取引類型について一時的な適用除外や救済措置を設けた。対象にはラッピング・アンラッピング、流動性提供、ステーキング、レンディング型取引、ショートセール、概念的元本契約が含まれる。暗号資産の経済活動の多くが、まだ最も整備された報告ルートの外側にある現状を反映している。
報告精度に関しては、IRSがNotice 2024-56で2025年報告分について誠実な努力に紐づくペナルティ救済を用意した。初年度のデータが不完全であることを織り込んだ措置であり、裏返せば将来の執行姿勢が厳格化する布石でもある。
正直なところ、この「ウォレット間移動で原価情報が途切れる」問題は技術的にはオンチェーンデータで追跡可能なはずだ。ブロックチェーンには送金履歴が刻まれている。だが現行の税制インフラがオンチェーン情報を正式に活用する仕組みは未整備であり、結局は納税者側の自主的な記録管理に依存する構造が続いている。
応用と市場への影響
この制度設計は、利用者の行動に直接的な影響を与える。単一のプラットフォーム内で完結する取引が「書類上もっとも楽な道」になるため、自己保管(セルフカストディ)からの回帰圧力が生じうる。暗号資産文化が推奨してきた「自分の鍵は自分で管理する」思想と、税務インフラが求める「一箇所に留まる」行動は正面から衝突する。
具体的な損害リスクも存在する。元記事によれば、MarketWatch等の報道が以下のシナリオを指摘している。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 売却額 | 50,000ドル(約750万円) |
| 実際の取得原価 | 40,000ドル(約600万円) |
| 本来の利益 | 10,000ドル(約150万円) |
| 原価未記入時の申告上の利益 | 50,000ドル(約750万円) |
(1ドル=約150円換算。MarketWatch報道の指摘に基づく試算例)
取得原価が申告フローに反映されなければ、利益が実態の5倍に膨れ上がる。税務ソフトがブローカーのデータをインポートして「完了」と表示しても、原価欄が空ならその数字は正しくない。
IRSの自動書類照合システム(CP2000通知)も圧力を強める。IRS Topic 652によれば、情報申告書と確定申告の間に差異が検出された場合、通常30日以内(米国外の納税者は60日以内)の回答期限でCP2000通知が送付される。1099-DAの導入で売却額データが網羅的に揃えば、申告漏れや金額の不一致はこれまでより検出されやすくなる。
IRSは2026年1月26日に2025年分の確定申告受付を開始した。書式が届き始めるタイミングと申告シーズンが重なり、混乱が増幅される時期にある。
報告の細則にも注目点がある。IRSは2025年分の1099-DA記入要領に訂正を公表し、少額取引や任意の集約報告方式を明確化した。具体的には、特定のPDAP(デジタル資産決済)売却は年間合計600ドル超の場合のみ報告が必要とされ、ステーブルコインは10,000ドル、特定NFTは600ドルの任意集約報告閾値が設定されている(IRS訂正通知より)。また、2025年課税年度については1099-DAが連邦・州合同申告プログラム(CFSFP)の対象外とされており、州レベルでの照合体制は初年度は不均一になる見通しだ(IRS通知より)。
よくある誤解ミニコーナー
誤解①:「1099-DAが届かなければ申告不要」
ブローカーから書式が届くかどうかに関係なく、暗号資産の課税対象取引は自己申告の義務がある。IRSのガイダンスはこの点を繰り返し明記している。書式が届かないことは、免除の根拠にはならない。
誤解②:「税務ソフトにインポートすれば計算は自動で正確になる」
1099-DAの売却額データだけをインポートした場合、取得原価が空欄のまま利益が過大に算出される恐れがある。インポート後に原価情報を自分で補完する作業が不可欠だ。
誤解③:「セルフカストディに移した暗号資産は課税対象外」
ウォレットへの移動自体は通常課税イベントではないが、その後の売却・交換は課税対象になる。問題は、移動先で売却した際にブローカーが取得原価を把握できないケースが多い点だ。記録は自分で保持する必要がある。
レベル別アクション
初級者向けチェックリスト
- 利用中の取引所から届く税務書類(1099-DA等)を確認し、売却額が記載されているか確認する
- Bitcoinやその他暗号資産を購入した日付・金額・取引所名をスプレッドシート等に記録する
- 取得原価の欄が空欄の場合、自分の購入履歴から補完が必要であることを認識する
- 不明点は税務専門家に相談する(暗号資産に詳しい税理士が望ましい)
中級者向けチェックリスト
- 過去に複数の取引所・ウォレット間で暗号資産を移動した履歴を整理する
- IRSのセーフハーバー規定(Rev. Proc. 2024-28)を確認し、2025年1月1日時点の原価再配分が自分に適用できるか検討する
- ラッピング・ステーキング・流動性提供等の取引がNotice 2024-57の一時的救済措置に該当するか確認する
- 税務ソフトへのインポート後、原価欄が正しく反映されているか必ず手動で照合する
- CP2000通知が届いた場合の対応手順(30日以内の回答期限)を事前に把握しておく
未来展望とリスク
米国の1099-DA制度は始まったばかりだが、国際的にも同様の動きが加速している。EUのDAC8規則は2026年1月1日に発効し、初年度の報告対象は2026年分、報告期限は2027年9月30日とされている(欧州委員会DAC8概要より)。OECDの暗号資産報告フレームワーク(CARF)も2027年に初の情報交換を予定している(OECD公表情報より)。
各国政府が自動報告の配管を整備する流れは明確であり、暗号資産が「アプリの中だけの世界」だった時代は終わりつつある。書式と期限と照合システムを伴う資産クラスとしての位置づけが固まりつつある。
データを追ってみた感覚だと、初年度の混乱そのものよりも、2026年以降に取得原価報告が本格化した際の「過渡期の不整合」が深刻になる可能性のほうが高い。2025年以前に取得した資産が2026年以降に売却されるケースでは、ブローカー側の原価データが依然として不完全な状態が続く。制度が整備されても、過去の記録の空白は埋まらないからだ。
まとめ
2025年分から始まった1099-DAは、暗号資産の売却額を当局へ自動報告する仕組みだ。だが取得原価は納税者自身が立証しなければならず、空欄のまま申告すれば利益が過大に計算されるリスクがある。
制度は「ひとつのプラットフォームに留まる行動」を書類上有利にする設計になっており、セルフカストディや複数取引所の利用は税務上の負担を増やす。記録の管理は自己責任。書式が届いてから慌てるのではなく、日常的な取引記録の蓄積が最善の防御策となる。
なお、日本居住者が海外取引所を利用する場合、当該取引所が金融庁に未登録であれば日本の投資者保護制度の対象外となる。また、暗号資産の売却益は雑所得として総合課税の対象であり、所得税と住民税を合わせて最大55%の税率が適用される。海外の報告制度が日本の申告にどう影響するかを含め、税務専門家への相談を推奨する。
自分の取引記録は、今どこに、どれだけ正確に残っているだろうか。
難しい用語ミニ解説(3つ)
コストベーシス(取得原価):暗号資産を購入した際の価格。売却額からこの金額を差し引いた差額が課税対象の利益(または損失)となる。正確な記録がなければ、利益が実態より大きく計算される恐れがある。
CP2000通知:IRSが情報申告書(ブローカーからの報告等)と納税者の確定申告の間に差異を検出した際に送付する書面。誤りがあれば修正申告が求められ、追加の税金や利息が発生する場合がある。
セーフハーバー(安全港規定):一定の条件を満たして行動した納税者に対し、当局がペナルティを課さないことを保証する規定。Rev. Proc. 2024-28では、2025年1月1日時点で未使用の取得原価をウォレット・口座ごとに再配分する方法が認められた。
参照リンク・情報源
- CryptoSlate:元記事(Liam ‘Akiba’ Wright著、2026年2月18日公開)
- IRS公式サイト(1099-DA関連ガイダンス、Rev. Proc. 2024-28、Notice 2024-56、Notice 2024-57等)
- 欧州委員会:DAC8概要ページ
- OECD:暗号資産報告フレームワーク(CARF)
本記事は情報提供を目的としています。最新情報は必ず公式サイト・取引所でご確認ください。
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